【日本の成り立ちを考える】 6/1 鹿児島県垂水市→鹿児島県鹿児島市【Day51】

海沿いを走っていると「ジオパーク」的な標識や看板をよく見かけます。

いえ、山でも見かけるんだと思いますが私が気にしてないだけですね。。。

 

専門的な事を説明されてもさっぱりわかりませんが、

ひっくり返って垂直になっちゃった地層とか、

溶岩冷え固まって穴だらけの岩肌とか、

シャンデリアみたいな列柱石とか、居並ぶ奇岩とか

 

不思議な地形を見る度に、地球って生きているんだなあと。

日々その姿を変えているんだなあと、しみじみ感じます。

 

そしてその営みによって引き起こされる災害とも恩恵とも、

上手に付き合っていけたらいいなあと。。。

 

煙を上げる桜島を見ながら切に願いつ、鹿児島走破中。

 


6月1日の立ち寄りポイント

  1. 道の駅 たるみず はまびら・たるたるぱあく
  2. 道の駅 桜島
  3. 黒神埋没鳥居
  4. 道の駅 たるみず・湯っ足り館
  5. まいどおおきに食堂 東開食堂

 


1. 道の駅 たるみず はまびら・たるたるぱあく

本日の車中泊は「道の駅 たるみず」にて。

まだ新しい、海岸沿いの道の駅です。

 

お手洗いはインフォメーションの奥。

明るくて快適でした。

 

マリンスポーツ各種の看板がありまして

 

もちろん裏手は砂浜です。

本日はシーズン前、またあいにくのお天気なので静かですが、

夏はきっと賑わう事でしょう。

 

快適快眠ありがとうございました。

 


2. 道の駅 桜島

お次の立ち寄りスポットは「道の駅 桜島」でございます。

昨年7月、警戒レベルが5に上げられた事でニュースでも話題になりましたが

そもそもずっと噴火中というか。。。

2023年1月現在も3なんですよね。

 

桜島、と言えば桜島大根ぐらいしか知りませんでした。

 

そして地続きでいつの間にか駅に着いてしまった事で、初めて「現在は島じゃない」という事に気づくと。。。

実際昔は正真正銘「島」だったそうです。

大正14年の大正大噴火で陸地とくっついちゃったらしい。

 

駅の物販には地元のおいしい物がたくさん。

 

ずっと噴火が続いてるのに、なんでそれでも住人の方は移住しないんだろう、と

災害に対する恐怖しかない自分は思ってしまうのですが、

土地の方にとってはそれも日常、火山がもたらしてくれる肥えた土地や温泉も

その恩恵だったりするんですよね。

それでも最新の注意を払って、健やかにお過ごしくださいと。

よいバランスで恵みがもたらされるように、ただお祈り申し上げます。

 

 


3. 黒神埋没鳥居

全く何の基礎知識もなかったので、そもそも最初こちらを「バス停」だと思ってたっていう。。。(恥

めっちゃ雨風しのげるやんとか思ってた。。。

 

「退避壕」の文字を読んで、ああそういう意味か、と一瞬納得するも、

いや、そもそも「退避」するような事態が発生する事が「前提」ってどういう意味かと。。。

もしくは昔は使ったのかもなあ、ぐらいの。。。

 

でもよくよく考えたら、高い場所に津波避難所が作られるのと一緒と言えば一緒なんですよね。

見慣れないから「怖い」としか感じないだけで。

 

いやしかし

やっぱり怖いよ!

煙出てるよー。。。!

 

 


4. 道の駅 たるみず・湯っ足り館

 

桜島を一周してたるみずに戻ってきました。

「道の駅 たるみず・湯っ足り館」に立ち寄り。

 

湯っ足り、の「足」の名前の通り、大きな足湯が名物との事ですが

まあそんなもんですよ。。。

 

公式で確認した所、足湯の営業時間は正午~17時、

日帰り入浴は13時~20時との事です。

そうね、まだお昼前だもんね。。。

 

こちらは広々した物販スペース。

 

足湯、お風呂はもちろんレストランからも桜島の火口が見えるそうです。

温泉が湧くのも火山の恵み。大自然の躍動を体感できる、かも。

 


5. まいどおおきに食堂 東開食堂

お野菜中心の暖かい和食をお安く、ゆっくりいただきたい、という事で

本日のランチはまいどおおきに食堂です。

と思ったのに、なんだか結局バランス悪いなあ。。。

(自分のせいです)

 

ふっかふかの卵焼きおいしかったー!

 


 

道の駅たるみずの広場でこんなモニュメントを見かけました。

現在の日本国旗、「日の丸」のふるさとだそうです。

 

ゆうても諸説あるそうですが、碑に刻まれているのは「島津斉彬提唱説」。

幕末外国船がたくさん行き来するようになると、それらを日本の船としっかり区別する必要が出てきたんですね。

 

識別マークになるような物がなかった訳じゃないのですが、それはあくまでも「造船印」。

これついてればとりあえず日本ってわかるでしょ、というだけの物だったので

(しかもモデルはとある家系の家紋)、そうじゃなくてってなったんだと思います。

 

日の丸は造船印や国旗として使われる以前から「意匠」として親しまれていたそうですが、斉彬氏はこれに「桜島に昇る朝日」を見たとも言われています。

外国に対して「うちはこれなんで!」と胸を張る、そんな気概が感じられてちょっといい話だなあと思いました。

 

うちはこれで行くんで!

 

かつて隋に送った「日出処の~」然り、日本の国体を明らかにしようとトップが国造りに邁進していた時代、色んな側面から正解ばかりではなかったでしょうが、

今の日本に足りない物なんじゃないのかなーと、ちょっと感じたりした次第。